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人は、発達しながら成長する。10代半ばには、自己同一性(アイデンティティ)を確立しはじめ、20代になると生計や生活の自立と自己責任を身につけてゆく...。このような成長と発達を見守る生活が、当たり前のような毎日を、家族の怪我や病気を境に、覆されることが誰にでも起こり得ます。
そんなときの為に、保険に入ったり、社会保険のある会社に入ったり、貯金をしたりするのでしょうが、現実に起こる事態は、予測を超える場合があります。
ただでさえ経済の泥沼的な状況下で、ライフサイクルの見直しを迫られている人の多い今日。突然に見舞われた他人の不幸に、会社も地域も関われず、その家族は大変な混乱に叩き込まれてしまいます。
具体的なケースで考えると、バイクで出かけた大学生の息子が道路分離帯に激突。仕事場に警察から「収容した病院の集中治療室に家族が来るよう」という知らせ。生死の境を彷徨った息子の意識が2ヶ月して戻る。
生きている息子の存在を確認した喜びもつかの間、重大な脳の損傷の後遺症として、高次脳機能障害が残る。外見は元のままの状態に回復したのに、赤ちゃんと同じ発達段階に戻り、トイレの躾から身の回りのこと全てを、見守り、指示しないと、何をするのか判らなかったり、突然怒り出したり、自分でしまった物の、しまった場所を忘れてしまい、盗られたと人に怒るようなトラブルの連続。
息子は社会との交流が困難になり、家の中に引きこもる毎日。
また、別のケースで、ある日吐き気と頭痛で救急にかかり、くも膜下出血で手術。幸運にも術後が順調に回復して、4ヶ月後に復職した40代男性の場合は、あまりにも元通りで、記憶障害に気付く人がいなかった。
確認したことや約束が実行できない彼に、職場の同僚や上司は、「怠け者」とか「給料泥棒」と言うようになる。
仕事場を離れてタバコばかり吸うようになり、そして、「死んでしまいたい」と思うように...。
このように、昨日までの幸せ家族に襲いかかった出来事は、明日のあなたに起こる事かもしれない。
あなた自身が当事者になるのかもしれない。
20年前には、確実に死亡に至る状態でも、今は救命されるようになり、致命的状態であっても、回復することもある。生きていれば回復の可能性も残され、障害が残っても、人生を自分らしくすごすことも可能なのだ。と言うは易し、行なうは難し。である。
一命をとり止めるところまで家族と供に回復を願う立場にいた人々も、厄介ごとを避けて遠ざかる。脳の障害を理解できずに、人格が変わったと思うことでサポートの列から遠ざかる。そして家族は先の見えない不安と闘いながら、孤立無援の日常に邁進することになる。見えない障害=高次脳機能障害=に悩む人たちの現状です。
しかも、前記のケースは、障害認定もされず、医療保障の枠から離れると、自立支援も無い。だから家族は患者のために生きてゆく生活を余儀なくされています。
このような状況の中途障害者とその家族は、望んでその状態になるのではなく、云わば、望まれてその状態で生きることになったわけです。であるのに、私たちの社会は、如何に無慈悲であるか、福祉は切り捨てられているか、を訴えたいと思います。
交通事故で一命をとりとめた人、脳血管性の病の人、転落で脳損傷した人...いろいろな救急医療により、人命が救われているが、その後の後遺症を抱えた患者と家族が、…あの時助かっていなければこんな生活にはならなかった…この人を殺して、わたしも…という辛酸に喘ぎながら、必死で食いしばって生活している現実。
お年寄りの介護で、家族が大混乱しても、将来のわが身であり、順番だと思えます。
しかし、中途障害はそうではない。若いエネルギーのある子や、働き盛りの大人が、赤ちゃんに戻るような、世話のいる状態になるのです。
赤ちゃんなら怒鳴り声や暴力を振るうことはありません。
四肢が動いて食事や着替え、排泄、などの生活が自分の力で行える。
しかし、自分が何をするのか、どこに居るのか、家族が誰なのか、今何をしたのかが解らない、等々。
いつも誰かが、側でサポートしなければ、自分の意思決定による行動ができない。
このような状態のお年よりは、介護保険で要介護の認定を受けてケアされています。
しかし、高次脳機能障害の人たちは、障害者認定の対象とはならず、家族介助を余儀なくされています。
このような状態では、本人も自立できず、家族も介助に明け暮れて、先の見えない不安にさいなまれるのです。
何故、こういうことになっているのでしょうか?
- 中途障害……とりわけ脳の後遺症についての対策の遅れ
高次脳機能障害の場合、被災状況から集中治療過程、その後のリハビリの過程にかかわる人たちの、救済した人へのフォローの問題。表に見えない障害のため、障害認定が困難になっている。
- 高次脳機能障害に対する社会的認知の立ち遅れ。其のことによる差別と権利の反故状態。
- 当事者の障害状態の認知についての困難性。
- その他諸々。
私たちの生きている社会は、リスクが一杯なのです。
明日は我が身かもしれない中途障害の問題は、現代の疎外された社会の抱える問題を凝縮しているのではないか、と感じて、中途障害者の支援に立ち上がりました。
当事者とその家族のおかれた状況を理解し、早く新しい生活への立ち直りを支援するため、相談に応じて、専門家や専門職からの支援を進めるという事業です。
どのように役に立てるものかは、未知の世界です。単なる御節介なのかもしれないけれど、黙って見過ごすことのできない、他人事として放置できない問題が、ここに山積していると感じました。
心ある方は、地元の活動への熱いご支援をお願いしたい。
また、高次脳機能障害者の該当が思い当たる方、或いは家族の方は、全国に広まり始めた当事者団体の元に結集して力をあわせて危機的状況を乗り越えてほしいと、切に願う。
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